三洋化成ニュース・月1回の山登り4……基本的な装備と技術の考え方
………2002.11



●三洋化成工業株式会社「三洋化成ニュース」2002年冬号 No.415(2002.11)




●写真番号2000.8.26-105
●半袖のTシャツを常用するための工夫の数々のひとつがこれ。園芸用の日焼け止めつけ袖というべきもので、これは百円ショップモノとか。涼しくなると保温用のつけ袖が登場する。最近では当初から専用つけ袖つきTシャツまで現れている。




●写真番号2002.7.27-218
●春の10℃は暖かさへの動きを感じるが、真夏の標高3,000mの夜明けは同じ10度Cでも凍えそうに寒い。7月下旬の御嶽山では御来光を待つ登山者はありったけの服を着ていたが、宗教登山の人々は、その寒さを正面から受け止めているようだった。




●写真番号1996.10.6-201
●紅葉は平均気温10度Cを目安に進行する。写真は紅葉の盛りの尾瀬。天候が悪くなれば気温は5度C以下に下がって雪もちらつくが、晴れればさわやかな秋の空気だ。10度Cが上下どちらに振れるかわからないので、防寒用の手袋や耳覆いのついた帽子も持参する。




●写真番号2002.6.3-136
●春らしい心地よさが10度C前後だとすると、晴れてもう少し気温が上がった霧島山。春が早く進行して6月の初旬にはもうミヤマキリシマは終わりかけていたが、遠足の小学生たちがのびやかに跳び回っていた。




●写真番号2001.5.19-318
●気温10度Cというのは山歩きのいちばん気持ちのいい温度で、これはアカヤシオツツジが咲く5月初旬の両神山。日がさすと半袖でちょうどよく、風が吹くと長袖がちょうどいい。10度Cを目安にして寒暖計は大きく振れる。




◆「あるもの主義」から入っていく

●ハイキングというと町歩きの服装でもいいように思えるけれど、登山となると、なにか一式、特別な服装が必要――みたいに考えられているようです。(じつはそうなんです)
●それと、一般的なスポーツだと、終わった後で着替えてさっぱりしてビールでも……というイメージですが、登山の場合はみごとに裏切られて、汗くささを気にしつつ電車に乗るというような惨めな体験を余儀なくされたりするのも事実です。(だから初体験の人にはそういう事態にならないように気をつけないと……)
●で、私はどうするかというと、「あるもの主義」から入ります。
●まずは靴。はき慣れた運動靴がいい……と強調します。(じつは最後まで運動靴で山に行ってほしいというのが本心なのですが、少なくとも登山用品店に飛び込んで高価な登山靴のたぐいを買わされることだけは最初に阻止しておきたいのです)
●それからザックは、持ち物が入れば「とりあえず何でもけっこう」ということにしています。荷物が軽い間は機能よりなによりも容量だけです。
●服装も基本的には何でもいいのですが、ただひとつ「登山用のドライタイプのTシャツ」だけ、買ってもらうことにします。
●米国デュポン社の乾式アクリル「オーロン」に始まったウイックドライ(毛細管現象による吸湿乾燥繊維)繊維の進出は(個性派のポリプロピレン繊維などもありますが)同じデュポン社のポリエステル繊維「ダクロン」によって着心地や染色性、あるいは混紡性などが画期的に向上して、最近では「クールマックス」というブランドが一般肌着にまで進出してきました。
●ただ、綿の肌着の肌触りになじんでいる人には100%化学繊維の肌着に抵抗があるところから、「ドライタイプ」と称する肌着の多くが綿を半分程度混紡していることが多いのです。そういうあいまいさを防ぐために「登山用品店で」と指示します。

◆肉体にバリアを張る――という考え方

●肌の上にウイックドライのTシャツを着ると、登りでかいた汗の湿りを体温で乾かす必要なしに排除できます。
●これはまるでマジックで、じっとり汗ばんだTシャツで冷たい風に吹かれても、冷たいのはほんの一瞬。別に暖かくなるわけではないのに、寒さが排除されてしまうのです。
●従来なら暖かくすることで寒さに備えるというところを、湿りというマイナス要因を排除することで冷えの原因だけを取り去るということが可能になった、ということなのです。
●カシミヤ信奉主義の強かったゴルフ用品でも、最近はウイックドライ繊維が一般化しつつあるようですが、それは例えていえば家庭用の空調で温度を上げ下げするだけの暖房・冷房からドライの積極的活用に切り替えるのに似ているのではないでしょうか。オペレーションとしては複雑になるけれど、効果はかなり品質の高いものになるということがいえそうです。
●肌着によるエアコンディショニングがわかるようになってくると、ゴアテックスに代表される透湿防水の雨具を、雨よけとしてではなく、外界とのあいだで環境をコントロールするバリアスーツとして理解してもらうことが可能になります。
●気温が10度C以上のときには、じつは完璧な雨具とはいえないのです。雨で濡れなくても汗で濡れてしまうからです。で、カサなどで、服が湿るのを恐れずに行動します。
●その後で(たとえば下りで)透湿防水スーツを羽織ることでカラダへの湿りによる負担を軽減させつつ、できれば湿った服の機能を復活することを試みるのです。
●外気温が10度C以下の場合には、雨具として積極的に利用しますが、体温との気温差をうまく利用して換気(冷却)できるからです。さらに気温が5度Cを割って雨に降られたりしたら、透湿防水バリアはカラダに加えられる負担を驚くほど効果的に排除してくれることが分かります。

◆足ごしらえと歩き方

●歩き方についてここで詳しく解説する余裕がありませんが、一般登山道を歩く限り、軽くてしなやかな運動靴(各種スポーツシューズ)が登山・ハイキング系の靴よりいいのです。
●登りでは差はあまり感じませんが、登山靴が足を守ってくれると信じられている下りで決定的な差を感じます。
●できるだけ尖った岩の頭を踏んで下ってみてください。痛そうに見える出っ張りを踏んで、跳んで歩く気分を一度味わったら、下駄で歩くような足首酷使型の登山靴(だから足首の保護機能がついている)はとても不合理だということが分かります。
●それから靴底がオフロード仕様でないから不安というときには、登山道に架空の綱を1本イメージして、綱渡りの気分で歩いてみることをすすめます。つま先立ちして指先で地面を探りながらリズミカルに(脚力を使って自発的に重心を下げつつ)下っていくと、目で見える印象とはまったく違って滑りません。
●軽くてしなやかな靴をはくと、当然のことながら地面と足との関係が近くなって、センサーとしての足裏の役割が大きくなります。これがバランス能力を磨いていくので、歩くに従ってカラダが山歩きに馴染んでいくというわけです。だから私は最初にそのことを知ってもらおうと画策するのです。


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